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糖尿病の合併症について

はじめに
 糖尿病は合併症を起こさなければ怖い病気ではありません。 もちろん,血糖値が500mg/dlにも上昇するようなことがあれば,それ自体でアシドーシスという重篤な状態に陥ります。 しかし合併症について無関心に何年も過ごしていると,あとから取り返しのつかなくなることがあります。 糖尿病でよく言われる3大合併症だけでなく,よくある合併症を併記してみます。

3大合併症

1.糖尿病性網膜症 (成人の失明原因の第1位が糖尿病です)
 ご存知のように,眼球には前の方に水晶体(カメラではレンズにあたる)があり,見たものがここを通って後ろにある網膜(カメラでは,フィルムに該当)に像を結びます。 網膜には,それ自身に酸素や栄養を供給するための血管が放射状に走っています。 長期間高血糖の状態が続くと,古くなったゴムホースのように血管の弾力がなくなってもろくなってきます。 さらに進行すると,あちこちで血管から血液が漏れ出して,小さな出血斑が赤い斑点になります。 また蛋白質成分などがしみ出して白い斑点(白斑)も出現します。 しかし,この時点で視力低下などの症状が出ることはまれで,眼底検査をしないと見つかりません。 単純性糖尿病性網膜症と呼ばれます。 ここでは最も大切なことは,これ以上進行させないように,血糖コントロールを厳密にすることです
 このまま知らずに進行すると,次第に出血を繰り返し増殖性糖尿病性網膜症に進行します。 しかしここまできても,無症状のことが多く,たまたま網膜の中心部に大きな出血班ができると視力低下を来します。 また大出血した場合は(硝子体(しょうしたい)出血),急激に片眼だけ何もかも赤く見えたり片眼が見えなくなったりします。
 また,網膜も変質してきてはがれやすくなり,急に亀裂が入ってはがれてしまうこともあります(網膜剥離)。 これは手術が必要です。 うまく視力が戻ればいいですが,かなりの頻度で障害が残ります。
 増殖性網膜症にまで進行している場合は(厳密にはケースバイケースですが),より厳格な血糖コントロールが必要なのは言うまでもありませんが,眼科でレーザー照射を実施して網膜剥離などの失明予防の処置を要します。 また,急激に血糖を下げると大きな眼底出血を誘発することがあり,細心の注意を要します。
 いずれにしても,糖尿病といわれたことがある方は,血糖コントロールが良くても,また網膜症は出ていないといわれていても,少なくとも1年に1回は眼底検査を受けるべきです。 当院では,患者さんの利便を考えて,眼科医が使用する眼底カメラを使用して眼底検査ができる体制を整えております。 もちろん,少しでも糖尿病性網膜症が確認された場合は,信頼できる眼科医に紹介させていただきます。

2.糖尿病性腎症 (現在,慢性透析を開始する患者さんの原因疾患の第1位が糖尿病です)
 腎臓は,おなかの中に左右に2つあり,10cmほどの大きさのそらまめのような形をした臓器です。 心臓から出た血液は脳や体全体に回るのと同時に,腎臓にも大量に流れ込みます。 腎臓は血液中の老廃物をろ過して,血液をきれいにする働きがあり,またからだの余分な水分を尿として排泄させています。 この働きをするために,腎臓はフィルター構造,つまり非常に細い血管の集合体になっています。 腎臓は,細い血管のかたまりなのです。
 さて,糖尿病で血糖コントロールが悪い場合,網膜症のときと同じくこの血管がもろくなってしまいます。 そして,徐々に腎臓が弱っていきます。
 糖尿病性腎症の始まりは,まず分子量の小さな蛋白が尿中に漏れ出してきます(微量アルブミン尿)。 この時点では一般的な検尿では,蛋白はおりていないという結果になります(糖尿病性腎症U期)。 私はこの時点でも,糖尿病の患者さんに,微量アルブミンの測定を実施しています。 なぜなら,この時点で糖尿病性腎症の始まりが発見されれば,血糖コントロールなどによってもとの腎臓にもどるからです。 この時期をのがすと,普通の尿検査でも蛋白がおりている状態になります(糖尿病性腎症V期)。 ここまで進行したときは,さらに進行するのを防ぐしかありません。 この時,血液検査だけでは,腎臓の異常は発見できません。 ここまでくると,たんぱく質をかなり減らした食事にする必要があります。
 さらに進行すると,常に尿蛋白が多量におりている状態となり,血液中の蛋白質も減少してきます。 そして,腎臓が老廃物を処理する能力もかなり低下して,血液検査でもBUN(尿素窒素)やクレアチニンといった数値が上昇してきます(糖尿病性腎症W期:腎不全)。 そして,血液中の蛋白質が減少することにより,全身がむくんできます。 足や瞼(まぶた)のむくみで気づくようになり,体重も増加します(糖尿病性腎症によるネフローゼ症候群)。 水分制限(飲水量の制限)や利尿剤を使用してむくまないようにしますが,さらに進行するとおなかや肺にも水がたまって,呼吸もしんどくなります。 そして,利尿剤などの薬物療法でむくみのコントロールが不可能となったとき,慢性透析が必要になります(糖尿病性腎症X期)

3.糖尿病性神経障害
 糖尿病の3大合併症のひとつに神経障害があります。 これは,神経細胞が高濃度のブドウ糖にさらされると変性してくることによります。
末梢神経障害
 通常,まず第一に現れる症状は,下肢(足)の異常感覚です。 足の指先の感覚が鈍いとか,靴をはいて歩くと足と靴の間に何かがはさまっているように感じたりします。 通常は両足とも同時におこります。 片方だけの場合もありますが,その多くは糖尿病とは関係ない腰椎症などの整形外科疾患の場合が多いです。 これは末梢神経のうち,知覚神経が弱ることによっておこります。 この頃なら,血糖値を改善するだけでしびれがとれることもあります。 まれに,上肢(手の指先からしびれ感が出てくることもあります。
 さらに進行すると,手足のしびれの範囲が次第に広範囲になり,足の指先から痛みも感じなくなってきます。 これがくせもので,普通なら少しの傷でも痛いので処置をしますが,痛みを感じないので放置してしまいます。 小さな傷でも細菌感染が起こると非常に治りにくく,感染巣(そう)が皮膚の下で広がって足全体がはれあがってさらに放置すると死に至ることもあります。 また感染をきっかけにして,足の壊疽(えそ:血行障害で足の指などが黒く腐る)が起こり,足を切断しなければならないこともあります。 最も大切なことは,神経障害の強い患者さんは,痛みがなくても毎日足をよく観察して,傷や赤くはれているところがあればすぐに医療機関で診察・処置を受けることです。
 また,運動神経も障害され,上下肢の力が弱って歩行障害が出て来たり,重いものをつかめなくなったりします。 普通はこのときにはかなり強いしびれ感が出ています。
自律神経障害
 よく自律神経失調症という言葉を聞かれるとおもいますが,糖尿病からも自律神経という神経が弱ります。 自律神経は血圧や胃腸機能,体温などをうまく調節する働きをしています。 したがってこれが弱ってくると,立ちくらみ(起立性低血圧)歩行時のふらつき便秘下痢寝汗暑くもないのに急に汗が出る暑いのに汗が出ず熱が体にこもる,などのさまざまな症状が出現します。
その他の神経障害
 そのほかに,比較的頻度の多い神経障害としては,神経因性膀胱(尿がたまっていても気づかない,尿がたまっているのにスムーズに出ないなど),性欲減退(特に男性はインポテンツ),消化不良などの胃腸機能障害などが挙げられます。
その他の合併症

 糖尿病の合併症には,3大合併症のほかにもいろいろなものがあります。
高脂血症(こうしけっしょう)・高血圧
 糖尿病は生活習慣病(成人病)のひとつであり,多くの場合は過食・運動不足が原因になっています。 この様な食生活をしていると,高脂血症(コレステロールや中性脂肪が上昇する)や高血圧を非常に合併しやすいのです。 糖尿病の患者さんは,これらにも十分注意する必要があり,また糖尿病といわれたことのない方でも,高脂血症などがあれば,血糖値が上昇しないかを定期的に検査すべきです。
大血管合併症
 糖尿病性網膜症や腎症が小血管合併症であるのに対して,太い血管も同時に侵されます。 動脈硬化で血管壁が厚く・もろくなってきて,内腔(ないくう)が次第に狭くなってきます。 心臓に走行している冠動脈(かんどうみゃく)の流れが悪くなると狭心症,詰まってしまうと心筋梗塞となります。 また,脳の血管が細くなると,ふらついたり一時的な手足の麻痺(一過性脳虚血発作)をきたします。 脳血管が詰まってしまうと脳梗塞(脳血栓)です。 また,足に行く血管が詰まってくると(閉塞性動脈硬化症),歩行時に足が痛んだり,血行障害が強いと,壊疽に至ります。
 これらは糖尿病による動脈硬化によるものですが,動脈硬化は糖尿病だけでなく,高血圧・高脂血症・肥満・運動不足・喫煙・加齢などによっても加速されます。 糖尿病の方は関係するものが多いので,血糖値だけでなくこれらすべてに注意してください。 当院へ通院の方は,コレステロール・中性脂肪・血圧などを定期的にチェックいたします。 また当院では,血管用の超音波装置で,動脈硬化の程度を直接観察して評価することもできます。
糖尿病性壊疽(えそ)
 足の指などが,血行障害により壊疽をおこし,足の切断が必要になったりします。 詳しくは,前の項目(糖尿病性神経障害の中の末梢神経障害の項を参照ください。
感染症
 高血糖状態が続くと,免疫力が低下し,ウイルス感染細菌感染を起こしやすくなります。 ウイルス感染は風邪インフルエンザなど,細菌感染は肺炎・腎盂腎炎(じんうじんえん)・胆嚢炎(たんのうえん)・肝膿瘍・化膿性脊椎炎(かのうせいせきついえん)・蜂窩識炎(ほうかしきえん:皮膚の下の柔らかい組織への感染で全身のどこにでも起こり得ます)などなど。 また,歯周病で若くから入れ歯になる可能性もあります。 詳細は,上のボタン「日常の注意」を見てください。
高血糖昏睡(こんすい)
 糖尿病体質の方がのどが渇くといって,立て続けにジュースを飲んだり,また肺炎などの感染症を合併すると血糖が急激に上昇します。 このとき,体で糖の代謝ができなくなり,エネルギー源として蛋白や脂肪が多く使われ乳酸・ケトン体が発生します(運動直後のようにしんどいです)。 放置すると昏睡におちいり死ぬこともあります。 ケトン体が増えない重症の高血糖昏睡もあります。
低血糖昏睡
 経口血糖降下剤やインスリン注射をしている患者さんでは,食事・運動・薬(インスリンを含む)の量のバランスがうまくとれたとき,血糖コントロールが良好となります。 バランスがくずれると,高血糖や低血糖になります。 食事をしないで薬を使ったり,最近調子が悪いからといって,自己判断で薬を増やしたりすると,血糖値が下がりすぎます。 人によってちがいますが,おおむね血糖値が70mg/dl以下で強い空腹感手のふるえ考えがまとまらない心臓がどきどきするなどの症状が現れます。 この時点で砂糖を食べる(15〜20g程度必要)とか,甘いジュースを1本飲むなどの処置が必要です。 さらに放置して血糖が40mg/dl以下に下がると,意識低下をきたし昏睡に陥ります。 これはインスリン注射でも,内服薬でも同じことです。 決してインスリン注射が怖いなどと思わないで下さい。